信用恐慌の謎

信用恐慌の謎―資本主義経済の落とし穴
原題は BUSINESS CYCLES -- The Business Cycle Problem from John Law to Chaos Theory


以前バブル現象の研究として読みましたが、そもそもは景気循環について書かれた本です。ペーパーマネーの発明が信用(マネー)を創造し経済を刺激し、過熱しバブルに至りはじけ恐慌に至る。バブルと恐慌という両極端まで振れないにしても景気は循環します。


藤巻さんは「経済の大きなうねりをとらえろ」とおっしゃる。


経済が持っているポジティブ・フィードバックの仕組みの「感覚」を身に着けたく、読み返しました。

以下は私がなるほど!と思う箇所のメモです。


スコットランド人ジョン・ローがフランスで設立した銀行(バンク・ロワイヤル)
ヨーロッパで最初のペーパーマネーを発行したところ、ペーパーマネーは

  • 人々の信頼を獲得できた(硬貨(金・銀)と交換可とした)
  • 安上がりな政府借り入れ方法
  • 当時プレミアで硬貨と交換された → 当時市場はマネーが供給不足だった
  • 導入が景気好転の原因だった

そして、当時のフランス政府(王室)がついついやりすぎてしまいミッシッシピバブルを起こし崩壊。
崩壊時には

  • 資本逃避、金銀の国外持ち出し
  • 硬貨の退蔵、硬貨の一人当たり保有量の制限
  • 銀行信用の減少

のためマネーサプライが減少し恐慌に。


見えない手は2本ある!
見えない手 その1 アダム・スミス 「経済は均衡する」
見えない手 その2 ヘンリー・ソーントン*1 「信用システムは不安定、信用拡張が更なる信用増加を正当化し、信用収縮がいっそうの信用削減を正当化する」、したがってペーパー信用の量的コントロールをすべし。

  • 金利は資本逃避を防ぎ、国外から流動性を引き寄せる
  • 金利は現金を銀行預金する誘引、高金利で流通速度を下げ通貨を吸収できる
  • 将来のインフレに対する広州の予想が現在に利子率に影響する
  • 意図せざる信用収縮は経済を不況に導く
  • 銀行貸出の増加を通ずる信用膨張が大きくなりすぎると経済は過熱する
  • 経済が完全雇用状態のときマネーサプライを増やすとインフレに。
  • 経済が非完全雇用状態にマネーサプライを増やすと、インフレにならず経済成長だけを高める。その結果、事後的にマネーサプライ増を正当化できるが、中央銀行が気づかずに増やしすぎる危険がある。


金本位制の問題

  • 経済発展とともに金が大量に要る
  • 不況期に紙幣を金貨に交換する気にさせがち(マネーサプライが減る) --- 不況を阻止できない

(書店にで金本位制復活を主張する書籍をちょくちょく見かけますが、今日の経済ではこの理由で金本位制は無茶と私は思います。ペーパーマネーでは中央銀行(間接的には国民)が節度を持てばインフレを阻止できるが、金本位性では中央銀行が頑張っても不況を阻止できない。デフレ阻止のために中央が金山を所有し金鉱を300%稼動させベースマネー(金貨)を増やすというのは無理...。)


J.S.ミル
大衆の新任次第でブームが生じる。ブームの反動として不況が出現する。内在的不安定性。


アルフレッド・マーシャル
物価が上昇しそうなとき人々は急いで借金し物品を買う → 物価上昇を助長する → 経済は水ぶくれ
浪費的な企業経営、借入資本による事業運営とは社会の犠牲において富裕になること
やがて信用がゆらぎ、物価が下落し始めると商品を手放す → マネーの保有 → 信用の減少 → 更に信用減少 → 物価下落 → その長期化


アービン・フィッシャー
マネーサプライの増加は(実質)金利低下を招き生産量の増加をもたらすがインフレ率の上昇の結果(実質)金利が上昇する。
銀行は貨幣を想像する。銀行信用がKEY

  • 景気回復の初期 在庫減を予想し仕入れを増やす
  • 生産の増加 セイの法則に従い更なる需要を刺激する
  • 仕入れを増やしても在庫は増加しない、更に仕入れを増やす
  • やがて生産が追いつかなくなると、必要以上に発注しがちになる
  • 取引の活発化に応じて銀行信用の供与でマネーは増加する
  • 銀行貸出が増加すると銀行のリサーブが増える*2ことで更に貸し出す
  • 付加的な所得の一部は貯蓄に回る、在庫増で注文を減らす
  • 銀行に負債を返すとマネーサプライが収縮する


第1次大戦後のドイツ
賠償金等でマネーサプライが大幅減少し不況、その結果...
政府支出の3%を税収、97%を国債で賄う! → ハイパーインフレ → マルク安 → 失業率低下(景気回復)
(この観点で見ると、ハイパーインフレでドイツの中間層がボロボロになったときにナチスが政権をとり、その後のマルク安による景気回復で国民の支持を確固たるものにしたのかも、と思えます。)


ミーゼス
景気回復期に事業を拡張しようとして政治家や中央銀行家が自然利子率以下に金利を下げてしまう。すると、過剰投資 → 信用収縮 → 恐慌

自然利子率 ... 新規に購入した資本設備に対し企業家たちが期待する報酬率の平均の利子率
貸出金利 < 自然利子率 ならば 企業の利益が増える → 企業活動はいっそう忙しくなる → 商品価格の上昇 → 全ての価格が上昇

新規マネーを経済システムに注入すると ...
最初に、資本財産業で物価が上がるが、消費財物価は落ち着いている。
後になると、資本財価格は下がっているのに、消費者物価が上昇している。

信用拡張によりもたらされたブームは最終的に崩壊する、回避できない。

  • これ以上の信用拡張を自発的に放棄する結果として
  • 通貨の破局として

経済が成長するとマネーサプライも拡張しなければならない → マネーサプライの拡張 → インフレを起すことなく生産を刺激できる。
ただし、信用が拡大しすぎると崩壊することに注意。

金利 → いろんな企画 → 消費が活気づく → 消費者、消費財産業、資本財産業がマネーを求め競合する → 金利上昇 → プロジェクトの放棄 → 不良資産の償却、損失発生


ケインズ 一般理論

  • 国民所得 = 投資支出 + 消費支出
  • 国民所得が小さすぎれば失業が生じる
  • 投資が増加すれば、その結果として、消費も増加する
  • 投資は手から手へ流通し続ける、一部を貯蓄し残りを消費、全額貯蓄されるまでサイクルは続く (乗数)
  • 人々が、社会が投資する以上に貯蓄すれば、経済のバランスは崩れる
  • 貯蓄 > 投資 ならば、乗数効果に引っ張られ所得が減少する
  • 社会は不完全雇用で均衡しうる
  • 既存の生産設備(資本)の耐久性と在庫ストック削減の効果で、不完全雇用均衡は長く続くこともある

ケインズに対する古典派の反論 --- 投資が減少したら...

  • 利子率低下 → 投資と貯蓄のバランスの自動安定化として作用する
  • 賃金が下がり新規事業の採算性を高めることで、投資を刺激する
  • 不動産、消費財、資本財当の物価が下がることでマネーストックの実質購買力が増加する (ピグー効果

それに対するケインズの回答

  • 経済が落ち込み出すと人々は怯えて期待がすっかり変わってしまう。底値でも買おうとしないし、底値を知る手がかりが無い。人々は短期の現実に強く影響される。流動性を保持しようと貨幣を退蔵することで利子率を押し上げる。
  • 賃金の減少が均衡成長をファンディングする貯蓄じたいを減らしてします
  • ピグー効果は時間がかかりすぎる


貨幣数量論
MV = PQ
M : マネーサプライ、V : 流通速度、P : 物価、Q : 生産量
MV(金融)もPQ(実体経済)も不安定、
両方が相互作用してポジティブフィードバックができると更に不安定


フリードマン
マネーサプライが景気循環に先行する
長期 : Mの成長はすべてインフレに反映される
短期 : Mの変動は景気循環の原因になる
マネーストックの成長加速は支出に拍車をかけるが、いったん支出が上向くと人々は慎重さを失い貨幣準備を減らし始める → (Vの増加) → インフレの加速 → 金利上昇
金利が上昇しているときでもマネーサプライは増加し続けることがある
金利とマネーサプライが同時に低下することもある


マネーサプライは、価値貯蔵手段でもあり、交換手段でもある。新規の実物生産の為の交換にも、資産としての実物取引の交換にもマネーサプライは使われる。
P,Qに対しなんら影響を与えずにMVが急速に増加する状況が存在しうる ... マネーサプライの成長が金融インフレ(資産インフレ)によって完全に相殺されるケース
MV = PQを下記のように拡張する
Mr・Vr + Mm・Vm = Pg・Qg + Pa・Qa
ここで
Mr・Vr 実体経済でのマネーの流れ
Mm・Vm 金融流動性 リスク資産取引のマネーの流れ
Pg・Qg 財やサービスの生産
Pa・Qa リスク資産市場の取引


有望な強気市場にはしばしば金融流動性の増加が先行する
金融市場への流動性投下は資産価格上昇と取引量の増大へ
金融強気市場は流動性を吸収せずにむしろ創造する (マネーが創造される)


金融市場 ←→ 経済の総生産(実体経済
両者の関係は複雑、非線形
ランダムノイズ --- 長期的にはほとんど平準化できるが、短期予想を厄介にする
初期条件に対する敏感さ --- ポジティブフィードバックのため、長期予想を不可能にする
中期のフィードバックプロセスとモードロッキング*3を理解せよ


ソロス
短期のボラティリティは転換点で最大で、トレンドが定まるにつれて縮小する(モードロッキング)
そのときポジションを大きくしている
再帰性 : 投資家の意識が金融市場のトレンドを変えるが、トレンドが今度は経済の状況を変化させる --- 需給のファンダメンタルズを投機が変えてしまうことがある
価格がいったんトレンドにのれば(ポジティブ)フィードバックループで自動的にますますロバストになる

  • 起きそうなフィードバックプロセスを同定する
  • トレンドの中のモードロッキングが解消されるやいなや速やかにポジションを見直す


景気循環の先行指標
短期金利長期金利 → 株 → 商品
市場金利が先に変化する
ただし今はマーケットが先を読むため短期・長期金利は同時に変化する


ジェフリー・ムーア (1955)
大不況に先行する金融状況

  • 信用と負債の急激な増加
  • 不動産、株、商品在庫などの投資商品価格の急速で投機的な上昇
  • 貸し手側における、新規事業への活発な貸出競争
  • 信用条件と貸出基準の緩和
  • リスクプレミアムの減少

この状況で、新規貸出の質は次第に悪くなっていく。好況の局面では非効率性が絶えず増大する。*4


取引完了までの期間(発注から決済)は市場により異なるため
金融市場 (短期間) --- GDPを予測 (先行)
資本財市場 (長期間) --- GDPに遅行


ほかのみんながもっとも強気である時期ほど、売り時


株価はなぜ上がり始めるか

暫くの間、株価が上昇するとポジティブフィードバックが始まる*6
マスコミは後づけの理由を書く → その説明に納得した人々が買い始める → 空売りのポジションクローズ → 信用買い → ブローカーの投資*7とセールス*8


2種類の経済成長

  1. 持続可能はインフレ無き成長、生産性の上昇によるもの*9
  2. 信用インフレーションと投入の増大*10


アジア通貨危機の時

  • 過剰投資 : 国内貯蔵の水準よりも投資水準が高かった (投資と資本ストックの増加率 vs. GDP成長率)
  • 通貨過大評価 : ドルとペッグしていたので、ドルが強くなりそれに引きづられて高くなった
  • 外貨建て借入 : 外貨建てで短期の銀行借入で長期の投資をしていた
  • 金利 ; マネーサプライが増加しすぎたが金利を引き上げられなかった → 借入しすぎへ
  • 財政赤字 ; 好景気なのに財政赤字 ... 政府がアクセルを踏んでいた
            • -

金融市場 or リスク資産市場が実体経済と結びついて相互作用することが、ポジティブフィードバックのフィードバックループを形成することが、繰り返しでてくる様々なエピソードを通じて理解できます。


リスク資産の取引はマクロで見ると買い手と売り手が打ち消しあうので、マクロ経済学の初級の教科書にはリスク資産は直接現れない。「期待」というところにこっそり隠れている。おそらく、こういう事情でエコノミストの皆さんは資産効果を大きくとらえないのかも知れません。


ケインズは経済学者である以前に投資家・投機家なので、資産によるポジティブフィードバックを理解していた。アービン・フィッシャーも投資家だったので資産と信用とマネーサプライを重視した。


トービンはリスク資産を研究したケインジアンだったので、資産効果というポジティブフィードバックの効果をよく認識していた。


藤巻さんも資産効果の経路に強いポジティブフィードバックのループを見ているようです。


振り返れば確か約1年前に藤巻さんが「トービン」とおっしゃるので消化不良を起こしながらもあれこれ教科書等を読み歩いているうちにそれらのいくらかは身につき、宿輪さんからのコメントがきっかけで、ばらばらだった断片的が経済学の基礎の理論とつながり始めた感じです。
資産効果のポジティブフィードバックの経路は「期待」を通じて実体経済に強く作用する。
次は家計や企業の「期待」と行動を調べればいい!。
理論として理解すると応用できるようになるので、実り多い1年でした。


信用恐慌の謎―資本主義経済の落とし穴

信用恐慌の謎―資本主義経済の落とし穴

*1:中央銀行の父

*2:貸した金はマクロ的にみれば預金となって戻ってくる

*3:一見関係の無いサイクルが相互作用をおこし同期する現象

*4:日本のあのバブルそのものですなあ...

*5:藤巻さんによれば03年の春の株価上昇は日本経済に「超悲観的」だった外国人の空売りの買戻しだった

*6:「なにはともあれ株価が上昇した事実が重要」と藤巻さんはおっしゃる

*7:証券会社の支店が広い場所に移ったり綺麗になった

*8:テレビCMや新聞・雑誌の広告が増えている

*9:ルービン財務長官時代の米国

*10:クルーグマンが指摘した90年代のアジア新興諸国の投入の急増、クルーグマンが指摘した直後に通貨危機が起きた