貯蓄率ゼロ経済 by 櫨 浩一
藤巻さんは
「経済の大きな動きをとらえろ」
国内の各部門の収支は
家計 | 企業 | 政府 | |
昔 | 黒字 | 赤字 | トントン |
今 | 黒字縮小 | 黒字 | 赤字 |
将来 | トントン | トントンか赤字 | 赤字 |
とおっしゃる。
この文脈でこの本を読みました。
- 作者: 櫨浩一
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
- 発売日: 2006/01/01
- メディア: 単行本
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投機でファンダメンタルズが変わってしまうことがあるそうですが、投機で人口の年齢分布は変わりません。そして貯蓄と消費は年齢に影響されるため、人口年齢分布はファンダメンタルズ中のファンダメンタルズのひとつかもしれません。
ライフサイクル仮説 「人々は生涯の消費額が生涯で使えるお金と等しくなるよう毎年の消費量を決める」*1
石油ショック時の貯蓄率増加 --- インフレで実質貯蓄が目減りした分を取り戻すべく貯蓄率が増えた、一方、インフレをヘッジするリスク資産を持つ高所得者では貯蓄率が減った
インフレによる消費の拡大効果
- 異時点間の代替効果 「今買ったほうが得」
- 所得効果 「実質所得が減少するならば消費できない」
可処分所得 - 消費 = 貯蓄
毎月の消費支出水準を決めるのは、消費意欲ではなく、貯蓄(将来の期待に依存)。
消費は経済(GDP)に大きく影響するが、それを左右するのは消費で、それを左右するのは人々の将来の収入見通しに対する期待。
生産の一部を貯蓄に回し、それを生産設備に投資することで、経済は成長する。
ライフサイクル仮説 → 高齢者の割合が多くなれば家計貯蓄率は低下するだろう → 経済の体質が変化する。
経常収支 = 家計の貯蓄投資バランス + 企業の貯蓄投資バランス + 政府の貯蓄投資バランス
貯蓄投資バランス = 貯蓄 - 投資
借金返済 = 貯蓄
家計 | 企業 | 政府 | 経常収支 | |
高度成長期 | 黒字 | 赤字 | トントン | トントン |
安定成長期 | 黒字 | 赤字縮小 | 少し赤 | 黒字 |
80年代前半 | 黒字 | 更に縮小 | 少し赤 | 黒字拡大 |
家計の貯蓄と、企業の投資と、財政赤字と、経常収支とは、相互に結びついている。
80年代半ばの前川レポートは「家計部門の貯蓄余剰を、円高と財政赤字を招かぬよう、民間の投資拡大で吸収しよう」というものであった。
バブルの原因
失業率低下 → 賃金上昇 → 家計の所得増 → 消費増
マネーの投入 → リスク資産インフレ → 期待の変化 → 消費増
消費増 (=売上増) 企業の期待(自信)の変化 → 投資
日本全体が楽観的になりすぎ、将来性の悪い投資もした。
バブルの崩壊 → 投資資金の回収ができない → 不良債権発生
家計の金融資産 = 国の負債 + 銀行の負債 + etc.
誰かの負債が焦げ付いていて銀行に金がない。
ゼロ金利で銀行の資金調達コストをゼロにして、収益で不良債権処理
家計の利子所得の消滅 → 期待の悪化で貯蓄率は維持するが、消費低迷
銀行のフローを使った不良債権ソリ = 銀行部門の貯蓄
企業部門の負債削減 = 企業の貯蓄
貯蓄投資バランスの悪化
家計部門と企業部門の貯蓄は経常黒字を増やす → 円高要因
円高による経済の縮小を防ぐために、政府が財政赤字を増やした、ともいえる。
ここまでは、他にも多くのエコノミストが指摘していますが、藤巻さんは更に1歩踏み込み、
- 為替市場では、実体経済の取引(経常収支)のほかに資産の交換としての取引もある
- ならば、国内の余剰貯蓄で外貨資産を買えば(海外投資)、経常黒字を増やしても円高にならない
- 為替の経路でやられることなく、国内の経済を回転させられる。
この様に考えるのでしょう、と私は思います。
通常バブルが崩壊して金融危機に到ると通貨が急落することで為替の経路で景気が回復するが、日本の場合は家計部門の貯蓄が多すぎ経常収支が黒字のままで円安にならなかった、と著者は言う。
アジア通貨危機のころ円安に向かっていたが政府の円買い介入でトレンドが円高になってしまった ......。あのまま円が安くなれば景気は回復してワーキングプアや格差の問題も生じなかったかもしれません。藤巻さんも著作で残念がっている(ように私には思えます)。
'10年ごろから家計部門の貯蓄率は更に急速に低下し、'20年ごろには貯蓄率ゼロとなる。(現役世代は貯蓄しリタイア世代が貯蓄を取り崩し合計すると貯蓄率ゼロとなる、現役世代が貯蓄できなくなるという意味ではありません)。
ちなみに'03年のGDPの数字は
GDP | 家計消費 | 政府消費 | 民間設備投資 | 民間住宅投資 | 公共投資 | 輸出-輸入 |
501兆円 | 284兆円 | 88兆円 | 75兆円 | 18兆円 | 27兆円 | 9兆円 |
56.6% | 17.6% | 15.0% | 3.6% | 5.4% | 1.8% |
家計部門の貯蓄率がゼロになると.....
- 経常収支 = 家計の黒字 + 企業の黒字 - 財政赤字 なので、経常赤字に転ずることで、円安へ
- 国内の投資のほとんどが既存設備の更新の投資にまわり純投資はゼロに収束することで、国内の供給能力は増えなくなる
- 経常赤字ということは、国内の需要 > 国内の供給、
- 円安と国内の供給能力の制約でインフレになりやすくなる、財価格の下落は緩やかになる、労働力不足でサービス価格は上昇へ
- マネー不足で金利上昇、民間企業の設備投資と政府(の借換や利払い)が資金と取り合う
- 景気が回復すれば日銀は短期金利を正常化するし、インフレを織り込めば長期金利は上昇する
- 海外から資金を調達することになるので、長期金利はグローバルにみて通常の水準に戻る
- 家計貯蓄率がゼロになっても財政赤字は続く → 双子の赤字に悩む → 円は機軸通過ではないので負債の返済には外貨が必要となり通貨危機が生じやすくなる
- 成長する産業もあれば衰退する産業もありマクロにみれば設備(資本)ストックは増えない
やはり厄介なのは巨額な財政赤字だろうなと思います。
円が高い状態で長期金利が上昇すると、外国人投資家は為替で損することを懸念するため日本国債は更に高い金利にしないと買い手がつかず、かなりの高金利状態にはまってしまいます。財政破綻(ハイパーインフレ)に直結しかねません。
いっぽう、既に円が十分に安くなっていれば、外国人投資家は為替を心配しなくても済むため外国人が日本国債を買ってくれ、長期金利はそんなに上昇しなくても済む。
こういう目論見があって、「財務省は長期金利が上昇し始め国債の借換がきつくなり始めたら個人向けにドル建て日本国債を発行せよ」と藤巻さんは提案するのではないでしょうか。こうやってドル建て日本国債で国債の借換をファイナンスしつつ円を十分に安くした後に外国人投資家に日本国債を買ってもらう、こうすれば長期金利が異常な金利水準に跳ね上がることなく日本経済はゼロ貯蓄率経済に移行できる、こんな道筋かなーと想像しています。
高貯蓄率経済 | ゼロ貯蓄率経済 |
経常収支黒字 | 経常収支赤字 |
海外に貸す・資産を買う | 海外から借りる・資産を売る |
金利 日本 < 海外 | 金利 日本 > 海外 |
物価安定 | インフレ |
低金利 | 高金利 |
円高 | 円安 |
これを見ると、まだ現役社会人の私は発想転換の準備を始めなくっちゃ。円安、高金利(今よりも高ROA, ROEが必要)、インフレ気味。
思い返せば今年は発想の転換の必要性にあちらこちらで出くわしました。
「ウェッブ進化論」 ComputerとInternetは上のステージに進化するとともに社会の力の場所が変わる
「フラット化する世界」 耳を澄まし知恵を働かせないとグローバル・アービトラージに飲み込まれる
「貯蓄率ゼロ経済」 日本経済の景色ががらっと変わる
*1:私はこんな仮説です、「人々は生涯にわたり消費で困窮しないように毎年の消費と貯蓄を配分する」。