デフレとバランスシート不況の経済学 by リチャード・クー

かつて日本企業はもともと負債による資金調達が多かった。バブル期には更に借り入れたり、イクイティーファイナンスで調達した金を資本コストゼロと勘違いして、いっぱい資産を買っちゃった。土地、ゴルフ場、スキー場、持ち合い等で株、ついつい余分な工場、豪華な独身寮。そしてバブルが崩壊して土地・株は下落し、実体投資はもくろんだ金を生み出さず...。
株式が下落すると、企業のバランスシートの自己資本が薄くなる。不動産が下落すると、(昔は)会計上のバランスシートは変わらないものの実質のバランスシートは悪くなる。実質債務超過になっていたケースもあったかも。
こうなると企業は不安定(キャッシュフローがつらくなった時に資金調達できなくなるかもしれない)なので、経営者は必死で負債を減らそうとする。日本中の企業が負債(借金)を減らそうとすると....
GDP = 総需要 = 消費 + 投資 + 経常収支
GDP = 総収入 = 消費 + 貯蓄
すなわち、
投資 + 経常収支 = 貯蓄
ここで、投資機会以上に貯蓄をしようとすると(経常収支を膨らませられないならば)貯蓄をしたくてもできない程度まで経済は縮小し、生産能力が余り人も余る。
バブル崩壊後の日本は、家計部門は貯蓄をし、本来ならば資金調達する企業部門も負債を減らす(貯蓄)努力をしてきた。そうなると、貯蓄が投資を大きく上回り、経済はすごーく縮小する。 この状態をリチャード・クー氏は「バランスシート不況」という。バランスシート不況では、資産価格が下落していくため資産を売り負債を減らしてもバランスシートはなかなか良くならない。つまり不況からなかなか脱出できない。
ほっておくと恐慌になるぞ、じゃあ、どうする? 政府が国債を発行し過剰な貯蓄を吸収し経済の縮小を防ぎつつ企業部門の不良の資産の整理が終わり経済が正常な状態に戻るのを待つ、というのがリチャード・クー氏の主張です。 財政赤字はいけないという声に対しては、長期金利が超低金利だから大丈夫!と。

デフレとバランスシート不況の経済学

デフレとバランスシート不況の経済学

バランスシート不況とは、バランスシートが表立ってはいないが実は大きく毀損していていざ金が必要なときに資金調達できない恐れがあるので負債を減らしてバランスシートを立て直しつつ流動性を確保しようと行動する点で、信用危機あるいは信用恐慌がマイルドにゆっくりと発生している状況でしょう。恐慌状態では人々の心理が「未来まで冷静に見通し合理的」とは言いがたいので新古典派経済モデルは使いづらくケインズのアプローチが要る、というのが最近の私の理解。

だからリチャード・クー氏の主張は納得できる。消費拡大は日本の長期的課題という彼の主張もよくわかる。しかし、貿易黒字国が自国通貨安政策をとることは近隣窮乏化だからダメと為替の経路を封じて財政赤字&政府支出一本槍というのはちょっとなあ、役に立つ政策を組み合わせればいいんじゃないのと思います。

バブルが崩壊して信用危機が生じて金融政策で支えきれなくなりそうな場合は資産価格下落が始まる前に急いて財政政策を動員する。--- ブッシュJr.政権の政策ですね。

いま振り返ってみれば、日本がとった政策(あるいはたまたまそうなった結果)は

  • 30兆円前後の財政赤字を出しつつ総需要を支え
  • 数十兆円規模の為替介入で為替に働きかけると同時にFBを日銀が引き受けることで金融緩和を行い
  • 財務省が買ったドルを米国債を買うことで米国の市場金利を下げ、
  • 米国と共同でグローバル金余り状態を作ることで、リスクテイカーたちに日本のリスク資産(不動産・株)を買わせることで、日本の資産デフレを止めデフレ脱却のきっかけを作り
  • 金利差を維持することで個人の資金が国外資産に流れることで為替の経路で資産価格と実体経済の両方に働きかける

という政策ミックスだったように思われます。

エコノミストたちにあまり注目されていなかった「円安政策 → グローバルな資産価格の相場感 → 円ベースでの資産価格上昇 → バランスシート不況脱出」という経路(藤巻さんがずーっと主張し続けていたこと)をとおったことを考えると、為替や資産価格の効果はかなり大きいんじゃないかと感じます。