武者陵司氏の新帝国主義に関して

日経ネットPlusにインタビュー記事を見つけた
記者によれば、武者さんは「先進国と新興国が統合され相互依存しながら繁栄するグローバル経済を古代ローマ帝国になぞらえ「地球帝国」と名付けた」のだそうだ。
帝国という言葉にはいろいろなイメージがある。 スターウォーズに出てくる帝国とかヒトラーの第3帝国とか帝国主義とか悪いイメージがいっぱい張り付いている。 例えば力(軍事力)でねじ伏せる圧政とか。 しかし、塩野七生さんのローマ人の物語を読むと、帝政ローマはいわゆる帝国とは随分イメージが異なる。 帝政ローマの特徴は(私の理解では)

  • 法の支配(ローマ法)、市民権の存在
  • 属州の自治
  • 広く流通する共通の通貨(ローマの金貨・硬貨)
  • 地中海とローマ街道による物流・商業の結合
  • 共通の言語 東半分はギリシャ語、西半分はラテン語
  • 比較的安定した帝国の境界線
  • 世襲というより実力で選ばれる皇帝

今の世界情勢とよく似ていないだろうか。 アメリカと中心とした先進国が帝政ローマで、エマージング経済諸国が属州で、ドルが共通に使われる通過で、太平洋・大西洋を挟んで貿易し、英語が共通言語で、一部の宗教原理主義者を除けばこの体制を壊したくなく、アメリカ大統領やFRB議長は実力で選ばれる。

上記インタビュー記事では武者さんが記者の質問に答えている。 興味深いところを下記に引用。

Q ロシアや中国など新興経済国の台頭を「旧帝国の復活」とする見方があります。
A うがった見方だ。現実は異なる。経済が世界規模で一体化した現状こそがすべての繁栄の源泉であるということを、新興国自身が理解している。資源外交を強めているとされるロシアにしても、需要国である米国などの事情を無視して行動できない。ユーザーの繁栄によってのみ資源国も繁栄できるからだ。中国も米国などが製品を買ってくれるから繁栄できる」 「20世紀初めには英米独仏日といった帝国がそれぞれ自己完結的な産業構造を持っていた。これらが個別の利益を主張してぶつかったのが第2次世界大戦だ。今は米国経済ですら(新興国経済に依存し)自己完結していない。世界全体の繁栄が続く限り、民主主義国と非民主主義国の共存は可能だ。

経済的につながっているから相手をたたくと自分もダメージを受けてしまう。 だから無茶なことはできない。

Q グローバル経済の繁栄はいつまで続くのでしょうか。
A 「世界の経済成長が頭打ちになれば、構成国の間に遠心力が働く。 具体的には (1)世界の所得の伸びが止まり (2)先進国が途上国からモノを買わなくなり (3)途上国が完全雇用状態になって安価な労働力を提供できなくなる--というときだ」

高度成長の新興国も経済成長しているうちに新興国を脱してしまうときにグローバル経済の繁栄は終わる ... あるいは武者さんのシナリオは終わる。

Q 基軸通貨ドルの地位は不滅ですか。
A 「ドルの基軸性は揺らがない。ほかの通貨では代替不可能だ。ドルには『借金する力』がある。米国が基軸国としてドルを発行し世界にばらまけば、米国の借金は増えるが世界の経済成長は促進される。言い換えれば、米国のドル債務が増えたからこそ世界経済はこの10年、繁栄できたのだ」

借金する能力という視点は新鮮。 バンバン借金できてペーパーマネーを世界が安心して受け取れたからこそ世界経済は成長できた。 金が基軸通貨だったらこうはいかなかっただろう。

Q 経常赤字国の通貨は危ないという通説は誤りなのでしょうか。
A 「世界経済が成長していれば米国の赤字は問題ない。例えば世界の成長が止まり、そこで通貨供給を拡大すればインフレになり通貨価値は下がる。(中略) 成長していれば通貨を増やしてもインフレにならず、むしろ実質所得が増える好循環になる。かつてと現在の米赤字拡大を同列に論じるべきではない。85年のプラザ合意のころとは世界経済の潜在力が違う」

85年当時は東と西は今のようにつながっていなかった。

Q ユーロは基軸通貨になれますか。
A 「基軸通貨の条件である『借金する力』がユーロにあるのか疑問だ。ユーロ圏は米国に比べて域内の政治経済理念が不ぞろいで安定していない。ドルが生き残ってこられたのは透明な市場、民主主義、世界の公共財としての軍事力を持つからだが、ユーロ圏にそこまでの力はない」

武者さんのViewを要約するとこんなところでしょうか。
冷戦の終了と技術の進歩でグローバリゼーションの素地がととのったところに、米国がドルというベースマネーをいっぱい注入したため、世界経済は成長している。 新興国は輸出をテコに成長したい、先進国は新興国の低コストリソースを利用するという、両者にとってメリットのある体制ができた。 先進国と新興国とのキャップが縮小すると成長は減速していく。 (そうするとカネでつながっているメリットが減少し政治体制の対立がおきるかも)。 ドルの地位は、いつでも誰でも自由に取引できる流動性の高い市場と、民主主義と、この体制を維持する軍事力に支えられている。 *1

以上はとてもクリアだが、インタビュー記事での円のレートと日本企業と日本経済との関係はいまひとつシックリしないなあ。

*1:新興国が十分に成長し世界全体の成長が頭打ちになったときに米国が赤字を垂れ流し続けるとドル危機が起きるかもしれないし、新たな基軸通貨が現れドルの地位をとって代わるのかもしれない。