金融政の伝播経路

Frederic S. Mishkinの教科書 "The Economics of Money, Banking, and Financial Markets" はすばらしい。 藤巻さんがはしょったロジックの理論的背景が書いてある。 読むのに半年以上もかかったが本当に読んでよかったと思う。 とても重要な本なので日本語訳がでればいいのに。


Chapter 23 Transmission Mechanisms of Monetary Policy: The Evidence には金融政策の効果の伝播経路についてこんなふうにまとめてある。


(1) Traditional Interest-Rate Channel

  • 金融緩和 => 実質金利低下 => 投資増 => GDP

ビジネスにおける投資判断以外にも、家計部門の住宅投資や耐久消費財購入もこの経路で作用する。
ビジネスや家計は名目金利ではく実質金利を見て判断している。
価格水準はゆっくり変化するため、中央銀行の名目短期金利の引き下げは実質短期金利をも引き下げる。 長期金利は将来の期待短期金利の平均と考えられるので、低い実質短期金利が長く続くと実質長期金利も低下する。 短期・長期の実質低金利は投資を増加させる。
名目金利がデフレでゼロに張り付いていても、将来にわたる金融緩和政策のコミットメントが期待インフレ率を上昇させることができ、実質金利(=名目金利-期待インフレ率)を低下させられる。 これにより投資支出を刺激できる。


次の3つは資産価格による経路


(2) Exchange Rate Effects on Net Export

  • 金融緩和 => 実質金利低下 => 自国通貨の減価 => (輸出−輸入)の増加 => GDP

「為替レートは金融政策の国内経済への効果の経路として重要なとが最近の研究で判明した」とのこと。
金融緩和してもデフレで実質金利が高いままだと為替の経路が働かないので経済への効果が減ってしまうというわけ。 だからこそ為替政策が重要というのが藤巻さんの主張。


(3) Tobin's q Theory

  • 金融緩和 => 株価上昇 => トービンのqの増加 => 投資増 => GDP

トービンのqとは、会社の市場価値/会社の資本の再調達コスト。
株価が高く q > 1 ならば設備等を調達したほうが安い状態なので投資が進む。 別の見方をすると、市場がその企業の将来の成長を強気で織り込んでいる状態なので企業も強気に投資する。
金融緩和時になぜ株価が上昇するか?。 人々は必要とする以上におカネがあるのを見出し何かを買っておカネを使おうとする。 人々が株式市場でおカネを使おうとすれば株式の需要が高まり株価が上がる。
同様のロジックで、住宅価格が調達コスト(建築費等)を上回るならば、住宅投資増 => GDP増 となる。


(4) Welth Effect (資産効果

  • 金融緩和 => 株価上昇 => 富(Welth)の増加 => 消費増 => GDP

消費者は日々の収入だけで消費を決めているわけではない。 消費者は生涯にわたる長期の視点で消費量を決めている。 株式等金融資産の価格が上がれば生涯にわたる消費のリソースが豊かになるので、今日の収入から貯蓄に回すぶんをへらして消費を増やすことができる。 
住宅価格が上昇すれば同様なロジックで 消費増 => GDP増 となる。


次の5つは信用と貸し出しに関係する経路


(5) Bank Lending Channel

  • 金融緩和 => 預金増 => ローン増 => 投資増 => GDP

金融緩和で銀行が中央銀行においてある当座預金や受け入れている預金が増えると、貸し出し可能な資金が増え、借り入れによる投資支出が増える。 借り入れによる消費者の消費も増えるかも。
市場から直接資金調達できない中小企業の投資支出はこの経路で金融緩和の効果を受ける。


(6) Balance Sheet Channel

銀行は借手の本心が分からないという情報の非対称性がある。 カネを返す意図が少ない人ほど借りたがる(逆選択)とか借りた金を返す意思が減じる(モラルハザード)といった問題を避けるため銀行は借手の純資産に注目する。 株価とか不動産価格が上昇し、借手の純資産が増加すれば、問題はおきにくくなるし担保価値も増えるため、貸し出しを増やせる。


(7) Cache Flow Channel

名目金利が減れば会社に残る金が増える。 このキャッシュフロー改善は会社や世帯の流動性を改善し資金繰りに窮する可能性を減ずるので、貸し出しを増やせる。 また、キャッシュフロー増はバランスシートを改善するので貸し手は会社や世帯の支払能力の改善を認識し、貸し出しを増やせる。 この経路は名目金利が作用する。 さらに短期金利の負債は家計や企業のキャッシュフローに大きく影響する。
金利でもカネを借りたい人や会社はリターンも大きいがハイリスクな投資をもくろんでいるが、リスクが高すぎて貸せないが、金融緩和による市場金利低下でローリスク・ローリターンの借り手に貸し出しができるようになり、貸し出し増となる。


(8) Unanticipated Price Level Channel

  • 金融緩和 => 想定外の物価水準の上昇 => 実質純資産増 => 逆選択モラルハザード減 => 貸し出し増 => 投資増 => GDP

先進国では負債の支払いは名目値である。 つまり固定金利で借金できる。 予期せぬ(織り込まれていなかった)物価水準上昇は借り手の実質的な富の増加となり、バランスシートの改善で、貸し手は貸し出しを増やせる。 


以上のバランスシートに作用する経路は企業だけではなく家計の耐久消費財や住宅投資にも作用する。 


(9) Household Liquidity Effects

  • 金融緩和 => 株価上昇 => 金融資産の増価 => ファイナンス的逼迫のおそれの低下 => 耐久消費財・住宅への支出像 => GDP

情報の非対称性という点で耐久消費財や家はとても非流動的な資産であるので、想定外の収入減に見舞われそれら資産を急いで換金しようとすると買い叩かれ損をする。 一方、金融資産はすぐに現金に変えられる。 金融緩和による株価上昇は金融資産の増加となり、家計のバランスシート(流動性)を改善し、家計のバランスシートの改善は、家計の流動性を改善することで、家計の耐久消費財支出や住宅投資の意欲に作用する。 家計は借りようという気にもなる。
また、金融緩和による負債の利子低下は家計のキャッシュフローを改善することで、ファイナンス的逼迫の恐れを低下させ、以下同様という経路もある。


さて、藤巻さんのさまざまなプロパガンダはどれにあたるか?

  • 「1ドル200円で日本経済の夜は明ける」 日本では必ずしも評判が良くない為替政策は、ズバリ(2)の経路。 「とても良く利く」とMishikin現FRB理事は中央銀行の金融政策を解く教科書に書いている。 Sumsongの躍進は為替の効果だと前SONY会長も言う。
  • 「資産インフレ」は、(3), (4), (6), (9)の経路で作用する。
  • 「物価高」は、実質金利を引き下げる効果を通じ(1)の経路。また、(8)の経路でも作用し社債を発行した企業や固定金利の住宅ローンを持つ家計にプラスの作用。

最近の石油や食用油・小麦粉等の値上げは景気を冷やすとテレビの評論家諸氏は主張しているが、私は、

  • 実質金利を下げる効果があるんじゃないか?
  • デフレマインドから脱却する心理的効果があるんじゃないか?
  • パンが値上がりすればパン屋さんは大変かもしれないが、小麦の需要が米に移動すれば農家の所得にプラスだし、農地価格にプラスならば資産効果を通じ農家の投資や消費にプラスになるのではないか? 
  • 企業のバランスシートもひところに比べればずいぶん良くなったし、消費が増えないと景気が良くならず苦しいのは企業なので、春闘はそんなにひどくないだろう。
  • 日米金利差が縮小したせいかシカゴ先物で円ロングの投機ポジションが積みあがっている。 何かのきっかけでポジション解消でポンと円安になれば日本の株価は戻り、良い資産効果が作用するかもしれない。
  • ダボス会議で福田総理は景気刺激策を求められたらしい。 財政政策は無理だし、金融政策で利下げするにもたった0.5%しか下げられない。 グローバル経済に貢献できるとしたら為替政策だけか。

こんな風に思っています。 無批判にこれを信じられてもこまりますが。