2/12の続き

なぜ、国内の民間部門に資金需要がないのか?

  • バランスシートの(実質)Equityが薄くて、怖くて資金を借りる勇気が無い/貸す勇気が無い。 企業部門の貯蓄(借金返済)でバランスシートはひところに比べれば随分改善したのでは。 土地の価格が上昇すれば借りるほうも貸すほうも「怖く」は無くなるので資金需要がでてきても不思議ではない。 不動産価格は信用創造(借金→マネーサプライ)に重要というのは藤巻さん、ミシキンの教科書にもあり。
  • 国内のコスト(例えば人件費)が割高なので利益が出ず投資する気になれない。 国内のコストは円安になれば割安になるから、円安になれば投資の条件は良くなる。 ← これも藤巻さんの主張
  • 投資する意欲が無い。 例えば、企業部門が投資は減価償却の範囲内と思い込んでいる、長年のデフレ経済で企業経営とはそういうものだとか、資金繰りがついていればそれでいいとか、赤字を出さなきゃいいと思ってしまった。 投資して失敗すると辞任とか左遷で退職金をたっぷりもらい損ねるので、任期満了まで安全策で行こう(その後は自分の知ったことじゃない)と、経営者や管理職が考えている。
  • 成長分野を見出せない人が経営しているので、投資対象を見出せず、資金需要も無い。

あとの2つのケースは非上場会社で株主がそれでOKと言うならばOKだが、上場会社でこれはマズイ。 本来ならば、資本の論理で中長期的に利益を増やすことが出来るような人が経営者にならなきゃいけないが、資本の論理に反対する空気は強いみたい。 会社は株主のものではなく従業員のものだといいつつ、実は自分の利益の最大化が目的だったりして...。

以上、思いつくことを書きましたが、菅野さんの婉曲な主張は
(1) 資本の論理で儲けるセンスをもった人をしかるべき場所につけろ
(2) 選択と集中で、抱え込んだリソースを開放せよ、既得権を優遇せぬよう人の流動性を前提とした制度にせよ
ということでしょうか。


その後、JPモルガン証券のウイークリー・データ・ウォッチ(著者は足立正道さん)にはこうあった。 サブプライム問題に起因する信用収縮に関連して

(略)しかし、当時(90年代)の日本の経済システムと(少なくとも)米国のそれとは大きな違いがあるのも事実だ。経営者に責任を取らせるのに多大な労力と時間をかけなければならない日本の雇用システムは民間の自助努力による問題解決を致命的に遅らせたほか、資本増強に関してもリスクを取る投資家が国内にいないだけではなく、海外から受け入れることにも抵抗が強かった。 因みにデイとレーダーを「最も堕落した株主」と呼んで有名となった経済産業省北畑事務次官の公園(「会社は株主だけのものか」、財団法人経済産業調査会主催セミナー)内容ををみても、わが国では資本(株主)の意味が諸外国とは違う印象をもった。 それに対し、米国の経営者は問題が起これば株主によって直ぐに替えられ、新しい経営陣は問題を迅速かつ大胆に解決することを求められる。 (略)

とある。 うーん、日本企業には成長しようというモチベーションが弱いのかもしれない。 日本企業というより日本人の指向なのかもしれない。 短期的にはそれぞれの既得権が護られさえすればそれで思うのならばパラダイス鎖国もいいのかもしれないが、それは長期的に合理的ではないぞ、きっと。
ウイークリー・データ・ウォッチはこう結ばれていた。

日本の「適切な行動」とは、本格的な改革への一歩を早急に踏み出すことだと考える。 経済財政諮問会議で既に取り上げられてりる戦略(革新的技術創造戦略、グローバル戦略、全員参加の経済戦略)だけでは残念ながら物足りない(もちろんこれらも重要ではあるが)。 年金制度、税制、農業政策・地方分権・公務員制度といった経済制度の根幹に関わる論点を政治が真正面から議論するようになるだけでも、希望は出てくる筈だ。 政治を動かすのは結局のところ国民自身。 選挙が直ぐになくとも、せめて一人一人の政治家の言動をしっかり見極めたいと思う。