「1ドル70円で日本は強くなる」 ほんとかなあ?

WEDGEとういう雑誌の5月号にに「1ドル70円で日本は強くなる 円安亡国から決別せよ」という非常に勇ましいタイトルの記事があり、400円出して買った。
記事の論旨は

  • 円安は燃料や穀物の値上がりの傷みを和らげる。
  • 実質実効為替レートで見るとプラザ合意の時と同じ円安水準である。プラザ合意を思い出せば79.75円/ドルの突破もありえるかもしれない。
  • 1ドル70円台に突入しても日本の製造業(輸出産業)は現地生産比率が高いため、かつてとは様子が違う。
  • あのトヨタが2兆円を越す営業利益を稼ぐに至ったのは円高をで足腰を強化したからだ。
  • 野口悠紀雄早大教授によれば、ここ暫くの円安はバブルであり、モノづくり(と輸出)に頼るのではなくITや金融などを中心とする産業構造に転換することが必要だ。
  • 少子高齢化が進む中でより高い付加価値を生む産業への転換は重要だ。そのためにも、ある程度大幅な円高による「揺さぶり」が重要。
  • 円高になれば購買力が増える。ベンツやボルボも買えるし欧米の高給食材を食べられるし海外旅行にも行ける。
  • 三國陽太氏は対米黒字を貯めて米国債を買っている日本は対英貿易で稼いだ黒字をロンドンの銀行に蓄えていたインドと同じ「植民地型」経済だと喝破している。
  • 海外投資家が円高水準で投資した場合、円安になると目減りするから投資対象国の通貨が強くなるという見通しが無ければ海外投資家は日本株を買わないものだ。
  • 日本株を支えようとして円安に誘導することが実は海外投資家に買いにくくさせている。この事実に一刻も早く気がつくことが重要だ。

マクロ経済とは様々なパラメータがゴムひもで相互につながっているようなもで、ちゃんとした教科書にはゴムひものつながり方が書いてある、これが最近の私の印象ですが、記者氏の主張は教科書とは随分かけ離れているように思えます。
日本経済と日本企業を混同しているのも良くない。 グローバル企業は活動の場を国境を越えて移動できるが、人は移民しづらい。それに日本企業を所有するのは必ずしも日本人でもないし。
基軸通貨ベースで考えると、円が強くなると日本での経済活動はコスト高になるのでグローバルにみて経済活動は海外に移転する → 国内の仕事が減る → 名目賃金が下がる あるいは 雇用が消失する → 景気が悪いから消費を控え、ますます景気が悪くなる。

海外に無い付加価値の高い産業を興して豊かになるのは経済政策の王道と思うが、不景気で将来の期待が暗い時期には人々は自分の身を守ることが最優先になるから、人材の流動性が消え、才能と情熱を持つ人々が出会うことでアイデアが生まれる機会も減少するし、将来の期待が持てないときには投資も冷えると思う。

プラザ合意前の日本の長期金利は6%以上と経済は元気だったが、今は2%以下と国内には資金需要が無い低血圧状態。 今景気が良くて人手不足で長期金利が5%とか6%ならば円高政策は合理だがで、今の状態で産業構造を変えるためにある程度大幅な円高による『揺さぶり』が重要」というのは無茶だと思う。

グローバルにみて生産性が低いといわれる第1次産業や第3次産業の生産性向上に円高による揺さぶりが効くのだろうか....。

円安は円保有者が貧乏になることだが、グローバルにみて日本での活動コスト(賃金)が安くなることで日本に仕事が集まること*1であり、雇用が増えることであり、家計部門の期待が変化し消費が増えることであり、投資機会と資金需要が増加する。 円安でこれを見越した人が土地や株を買い始めることで、企業や家計のバランスシートが改善することも消費や投資を後押しする。 こうしてデフレから脱出し正常な経済成長に復帰し、経済が強ければ円は強くなっていく。 グローバルマクロを見る外国人投資家はこういうメカニズムをみて投資するので、円安に振れれば日経225先物を買い、円高では売る。 ドル金利 > 円金利 ならば外国人投資家は為替の先物でヘッジしつつ利益も得られるから為替は気にしなくてもすむから、円高にすることが海外投資家を呼ぶというのはちょっと違うのではないだろうか。

「ビジネスリーダーに価値ある情報を---」 ... うーん、ビジネスリーダーはこういう価値ある情報を読むのかー。 ちょっと悲しい気分。

*1:輸出産業のみならず、輸入に押されていた産業が生き返る