ウォール街のランダム・ウォーカーと日本の半導体とTSMC

5/25の「『だから技術者は報われない』より」の続き

バートン・マルキールウォール街のランダム・ウォーカー 株式投資の不滅の真理 を読み返していたある日、日本の半導体産業はツライ、一方TSMCはうまいビジネスモデルだ、と気づいたという2003年ごろの話。

半導体(製造業一般に言える話ですが)は安く作ったほうが勝ち、というビジネスですが、コストを下げるためには規模の経済を追求で、大規模工場で大量にWaferを生産すればいい、となります。 因みに、コスト追求の先端プロセスの大規模工場の投資は、建物と設備で3000億円〜4000億円、その生産能力は300mm Wafer 2〜3万枚/月 とも、それ以上とも言われます*1
投資金額の巨額さもスゴイですが、コストで勝つための生産数量もスゴイ。

7mm角程度の普通のLSIチップは300mm Wafer 1枚から1000個程度取れるとしましょう。 3万枚/月の生産能力をフル稼働すると、LSIチップが3千万個生産できてしまう。 コスト重視の5mm角程度のLSIチップならば1枚から2000個とれるとすれば、工場は月に6千万個生産できてしまいます。

DRAMとかFlashといったメモリならばともかく、Logic LSIで、この1/10の数量で10品種とか、1/20の数量で20品種を確保するのは非常にタイヘン。 月に300万個、150万個生産するLSIとかそれを使うエレクトロニクス機器がそんなにゴロゴロあるだろうか?。 そんなLSIを1社で10品種も企画できるだろうか?。 Intelは数種類のCPUとチップセットでOKだろうが、Intel以外にあるだろうか?。

自社で企画・設計・製造する(日本の半導体会社のような)垂直統合半導体製造(IDM, Integrated Device Manufactureig)ビジネスでは、メモリとIntelを除き、低コストの大規模工場をフル稼働させるだけの商品が無い → だから製造設備投資できない → 製造コストを下げられない → いずれ困難にぶち当たるハズ。

そのうえ、大当たりするかハズレるか*2というハイリスクの企画をしつつ、ハズレた場合に重荷になる数千億円の製造設備を抱えるのは恐ろしいだろう。 企画サイドのリスクと工場サイドのリスクを両方何とかするのは非常に難しいのではないだろうか。
こんなふうに思ったものです。

一方、工場を持たないFabless会社の半導体製造を請け負うTSMC等のFoundryは、企画・設計サイドのリスクは取らない。 多くの会社の製造委託を引き受ければA社のLSIがコケてもB社のLSIが大当たりすればいい。 製造を依頼する顧客ポートフォリオを大きくすれば生産量のブレ(リスク)は小さくなり、半導体業界の景気変動(≒グローバル景気の変動)程度になるハズ。 個別のLSIのアタリ・ハズレを予測するのそのLSI固有の要因が絡んで難易度は高いが、マクロの景気予測ならばもう少し容易ではないか?。 ならば、巨額の設備投資の回収も随分楽になるだろう。 個別株とインデックス・ファンドとの関係と同じですね。 だからIDMに比べ自信を持って製造設備投資ができる。

Fabless会社のほうは、設備投資のファイナンスを心配することなく、企画・設計のハイリスクなところに神経を集中させればいい。

この仕組み(リスクのタイプを分離し、束ねることでリスクを減らせることを利用する)に気づいたとき、グローバリゼーションが進み市場規模が大きくなればなるほど、Fabless-FoundryモデルがIDMモデルに比べ有利になる、こう確信しました。

半導体業界の栄枯盛衰にはイロイロな理由が言われていますが、未来のチャンスの非対称性に着目し活用するという点でFoundry専業のTSMCを創ったモリス・チャンの賢さに脱帽しました。

*1:業界人ではないので詳細はわかりません。

*2:例えばiPodの次機種に採用されれば大量生産だが採用されなかったらサッパリ