雑誌Voice 12月号雑感

藤巻さん以外にも興味深い寄稿がたくさんあり。


アメリカ経済について 上野泰也
日本経済については一貫した弱気・デフレ見解の上野さんですが、アメリカ経済にいてはそんなに弱気ではないようです。
カップリング論は間違い。 「世界経済は米国経済にかなりの程度ぶら下がっている」。 グローバリゼーション推進の結果、世界経済は実体経済と金融市場の両面で以前よりも相互に密接に結びつくようになった。 米国経済が崩壊するなら日欧や新興経済諸国の経済も連鎖的に崩壊するだろう。
米国には「底力」があると考えられる。 日本は人口減少・少子高齢化国内需要の先行きに期待を持ちにくいが、米国は移民の受け入れに積極的であり人口は毎年1%増加している。 借金やキャピタルゲインによる消費が不況で消えても消費のベースラインは上向きである。
米国は日本の経験を利用できる。
既存の延長線上の応用を得意とする日本とちがい、米国は世界中から頭脳を呼び集めつつ新しいものを作り出す点に定評がある。
ユーロ圏は隠れていた制度的欠点が露呈した。 ECBの政策ミス。 金融機関監督がEU各国でバラバラ。 「ユーロという通貨はドルと違って主権を持たない」 *1
米国の経常赤字は巨大だが、投資により巨大な資本収支の黒字も計上している。 金融危機で投資家が新興経済諸国からマネーを米国に引き上げている。 だからドル高となっている。*2


1500兆円を失う日 原丈人

「貯蓄より投資だ」などと走り出せば、日本の1500兆円という巨額の資産は、海外に出て行ってゼロサムゲームの波に乗っかり、散々遊ばれた挙句、すべてを失うことにもなりかねない。 金融工学を使って儲けようなどという考えは、厳に慎むべきだ

という原氏は

まず経済学そのものが、「完全競争」「参入障壁はない」などといった、いくつものありえない話を前提に理論を構築している

という架空を前提に組み立てている「金融工学」は、遺伝子組み換えと同じくらい危険だから実験室の外で使っちゃいけないと主張する。

でも、多くの工学だって複雑な現実の中で物理式を完全に解けなくて仮定と近似をいっぱいいれて何とかやっている。 工学では自信が無いときは安全係数を大きくとって余裕を持たせる。 余裕無しのギリギリ設計はヤバイ。 ファイナンスやファンドの世界でもしこたま借り入れしたレバレッジの大きな戦略は思惑が外れるとヤバイ。 現実と理論の乖離に気をつけつつほどほとのレバレッジで使えということではないだろうか。

ウォール街が強欲に支配されているのはわかるが,理論が現実を完全に説明できないから私用禁止というのはいくらなんでも無茶ではないか?。


対談 伊藤元重 & 松本大
伊藤 : 新興国で急速に所得が増えた。 彼らは貯蓄性向が高いから(貯蓄 = 輸出、輸出で稼いだ)そのお金でアメリカの国債を買った。 その結果、アメリカに数百兆円というお金が流れ込んだ。 先進国サイドでは高齢化が始まり、彼らの年金マネーが世界中を席巻するようになった*3。 こういう状況ならば供給過剰で経済は悪化するはずだが、アメリカを中心にある種の過剰消費と不動産バブルがきた。 テクノロジーショックとお金余りがおかしな形で複合した。*4
松本 : 9月15日以降はニューテリトリーとなった。 ベアスターンズの債券は元本が返り、リーマンのはほぼゼロ。 一般投資家にはこの違いの理由がわからない。 だから債券を保有したくない、カネは貸せないとなってしまった。
松本 : 金融危機 --- 公的資金を使うことに対しえコンセンサスができたのならば収束は早い。 景気 --- 公的資金を使うことで長期金利が上昇するから景気にマイナス。 イールドカーブの長短のスプレッドを(事実上)銀行に注入する。 レバレッジを下げる方向になれば実体経済が借り入れしづらくなり)景気にマイナス。 この数年間の世界の流動性の2大エンジンはアメリカの金融機関と中東のオイルマネーだったが、石油価格低下は中東からの流動性供給にマイナスであり景気マイナス。 次の10年 --- 先進国は低成長、地球全体ではさほど落ち込まない。
伊藤 : ここ5年ほど円安だっので製造業は欧米への輸出でかなりの利益をあげることができたが、インドや中国への食い込みが足りなかった。 円高でキャッシュもあるから買収が容易。
松本 : いま原油価格が落ちているがおそらくもう一度上がる。 輸送コストも上がる。 生産拠点を消費拠点に近づけるのが合理的となる。


日本企業の将来性は買いだ 澤上篤人
いつもと同じブレない澤上節。


アメリカ国債を処分せよ 三國陽夫
住宅の値上がりによるキャピタルゲインで消費する仕組みが壊れた米国で景気を良くするためには設備投資で引っ張らざるをえない。 アメリカが資金を海外から調達し、日欧から設備財を輸入し生産設備を構築し生産を拡大することで雇用・所得・消費を増加させる。 日本政府は円建てで長期かつ超低金利アメリカ政府に与信せよ。アメリカ政府が国債の信用を悪化さることなく、景気対策として財政支出を増やすために、日本政府はさらに外貨準備として保有する米国債の放棄も考えられる。

基軸通貨嫌いの三國氏らしい発想だが、米国はドル建ての米国債をはけないほど落ちぶれていないし、基軸通貨の特権を手放さないと思う。

テクノロジー側では「ガラパゴス」や「パラダイス」現象で日本の電機・コンピュータ・IT企業が弱くなっていくことを真剣に心配している一方、金融関連側では日本企業の新技術や新製品を生み出す能力を疑わない。 このギャップがとても不思議...。

*1:非常時に動けないという意味か

*2:逆に新興経済諸国では危機が起きやすくなる

*3:投資フロンティアを求めてさまよう

*4:私は、経済的に成熟した先進国で生産性の向上が続くと、欲望を刺激して消費を刺激しない限り陰鬱な不景気が続くのであって、欧米先進国諸国はそれを避けるためにマイルドな資産インフレを目指していたのでは?と思う。そして,これがずっと続けられないという意味でジム・ロジャーズが批判していたのではないか?と思う。