デフレと円高の何が「悪」か

「デフレ(期待)」と「円高」、この双子の兄弟を何とかしないと景気は良くならない、と思う。 両者は密接な関係を持っている。そして、景気・雇用・賃金・消費・投資にマイナスに作用する。 だから、「デフレ」と「円高」が日本経済にマイナスということをよく認識した上で、「デフレ」と「円高」に働きかける政策を!、というこの本の趣旨には大賛成である。

デフレと円高の何が「悪」か (光文社新書)

デフレと円高の何が「悪」か (光文社新書)

しかし、すごく違和感がある箇所がある。 新書という限られたページでわかりやすく説明しなきゃいけないという制約は理解するが。

(1) ハイパーインフレを年率約1万3千%の激しいインフレと定義し、第2次大戦後の日本の年率たった59%のインフレはハイパーインフレからはほど遠い、著者は主張する。 そりゃ、第1次大戦後のドイツ、ハンガリー、最近のジンバブエはメチャクチャな例ではあるが、年利59%のインフレだって相当激しいインフレだと思う。 2年で通貨価値は 1/25、4年で 1/6.4、6年で 1/16 になる。 政府は財政赤字の重荷から解放される反面、預貯金・年金の権利を保有する家計部門はかなりダメージを受けるのではないか。 長期にわたるマイルドなインフレは必要と思うが、年利59%を「たった」59%と主張するのは違和感があるなあ。

(2) 非常に激しいインフレの原因は財政赤字に窮した政府が紙幣の印刷でファイナンスすることが原因というのがマクロ経済学の教科書にも載っている定説だが、本書では生産システムの破壊による供給不足が原因であるように読めるような記述がなされている。 政府を運営するにはカネがいる、しかしカネが無い → 紙幣を印刷して使う → マネタリーベース増 → マネーストック増 → インフレ → 政府はもっとカネがいる → もっと紙幣を印刷する → ... 、このサイクルが動き始めると、人々はインフレを織り込み始めるから貨幣を早く手放そうとして流通速度も増加するから、MV = PY の左辺のMとVの両方の増加が右辺のPに反映する結果、政府はもっと紙幣を印刷することになり、インフレはますます加速する。 供給不足は貧困の原因だが、とどまることの無いインフレの原因ではないと思う。 縄文時代弥生時代も現代に比べればはるかに供給不足だが、ハイパーインフレだったわけではなかろう。

(3) 著者は、国債は最も安全性が高いので「名目公債利子率」は通常市場金利よりも低めに出る、長期金利は市場金利だから両者を混同するな、と説く。 長期金利は10年の国債の市場での金利だよなあ。政府の国債の発行も入札なので市場価格(市場金利)だよなあ。??? 今、政府は短期の国債を沢山発行しているから、その平均金利と、長期金利の差のことか?。

本書は、「デフレ」からの脱却の為に、日銀による国債の直接引き受けを提案する。
金融緩和は不況脱出の有効な手段だから、中央銀行による国債購入は一理あると思う。 ただ、これだけ財政赤字を抱えた政府の国債を日銀が直接引き受けるとなると、いかにも典型的なハイパーインフレへの道みたいで、市場は疑心暗鬼になるのではないか。 ここが本書の主張の弱点であるからこそ、著者は(1)と(2)のような記述をしたのではないかなあ。

私の懸念は、デフレからの脱却の為に政府と日銀がツルんでプリンティング・マネー政策を実施すると、デフレから脱却するまではOKだが、その時点で政府の負債は更に膨れ上がり、デフレ脱却で金利が正常化すると政府は急激に利払いに窮するのではないか?。景気が十分に強くなって増税できる前に資金繰りに行き詰まるのではないか?。それを救おうと日銀が短期金利を低めに保ち続けると、市場はよりインフレを織込んでいくのではないか?。 日銀が金融引き締めを使いづらい(短期金利の上昇で政府が財政破綻に直面する)となると、財政政策(税金と政府支出)で景気をコントロールすることになるのかもしれないが、機動的に運用できるかなあ。

今の日本における難しさは、

  • 政府の負債があまりに大きすぎ、金利が正常化すると利払いを心配せねばならないこと
  • 銀行が国債を持ちすぎて、金利が急騰すると銀行のバランスシートが劣化し金融危機が起きるかもしれないこと

ではないか。

素人の私は、日銀が日本国債を直接引き受けるより、ドルやユーロの債券を購入することで円を供給することで金融緩和と為替レートの両経路で景気にプラスに作用させたほうが良いのでは、と思います。 世界の投機家たちは中央銀行の自国通貨売りと勝負しても勝ち目がないことを知っているから、きっと日本の景気回復を手伝ってくれるのでは。 グローバル経済で円が安くなれば、日本に仕事が戻ってくるから雇用・賃金にプラスに作用する、企業収益が改善されるから株価は上昇する、景気回復期待で不動産価格も強くなる、資産価格が上昇すれば期待が改善し消費も投資も増える、人々の資産選好が預貯金からリスク資産に以降する課程で長期金利は上昇するが、同時に借り入れ需要も増えるから銀行は金利上昇による債券のキャピタルロスをうまく乗り越えられる。
為替は財務省の管轄だって? 役所間で話し合うなり、法律を改正すれば済む話でしょ。

2008年の秋に、FRBとECBが大胆な金融緩和を始めたとき、グローバルな金融緩和協調体制と称して日銀がドル債券やユーロ債券購入して円を供給すれば、今頃もっと景気は回復していたかも。 これは単に私の妄想に過ぎないが、残念だなあ。