「だから技術者は報われない」より

初出 http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080221/147789/
転載 http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080519/302262/
を読み、終身雇用ではなく(経営者, 技術者の)労働市場があれば、株主の力がもう少し強ければ、日本のエレクトロニクスはもっと元気だっただろうにと残念に思った。

 メーカー時代の、先輩研究者の話である。彼の専門は物性物理で、当時は半導体であるアモルファスSiの研究に従事していた。その知識と理論構築力は周囲の認めるところで、後輩の私なども憧れを抱いていたものだ。その彼は修士で就職していたのだが、ほどなく博士号を取得し、学会でも「顔」になっていった。
 ところが、それから10年ほど後に再会した彼は、まったく違う仕事をしていた。勤務先は子会社で、仕事はいわゆる間接業務。技術的な知識を生かす職場ですらない。名刺に刷り込まれた「理学博士」の文字が、なにやら空しい。事情を聞いてみると、会社が研究部門を大幅に縮小した結果だという。半導体に関しては、研究部門だけでなく事業部の開発部門もリストラの最中で、そちらに移籍することもかなわない。結局、こんな仕事をしているのだと自嘲気味に言う。

ほぼすべての総合エレクトロニクス・メーカーが、歩調を合わせて研究開発部門を縮小し、同時期にやはり歩調を合わせて半導体事業部門の大リストラを敢行したからである。特に悲惨だったのが半導体プロセスを専門とする研究者や技術者だったようだ。
 「社ではプロセスで最先端を目指す体制を見直して、設計重視にシフトすると言い始めたわけよ。ウチだけならいいけど、どこも同じ。つまり、日本という国レベルでプロセス技術者が大量にあぶれてしまった。そんな状況だがら、専門の仕事を続けられたのはほんの一握りで、ほとんどの人たちは泣く泣く職場を後にして、違う仕事をやることになった。それでも、若い人はまだいい。けど、自分みたいな中堅以上の専門家は、つぶしがきかないから行くところがないんだよ」
 こうして、多くの該当中堅技術者たちは、営業や業務支援部門といった不慣れな部署に配属されていったのだという。実にもったいない話だと思う。

「中堅以上の専門家はつぶしがきかない」とはいえ、労働市場があれば全く同じ技術分野に仕事を見つけられなくても転進容易な比較的近い部分に職を見つけられよう。 そうなれば、その人の労働で高度な技術的アウトプット(生産性)が期待できるのに。 生産性は国を豊かにする重要な要素なのに。

経済がキャッチアップから先頭集団に入ると、市場がグローバル化すると、企業を取り巻く環境が変わり会社そのものが規模を大きくするとか、得意な分野に特化するとか、変化を強いられる。 こういうときに「ステイクホールダー資本主義」と競合他社を気にする企業風土(← ステークホールダー資本主義の帰結とも思うが)は不利に働いた。
どの会社も同様な状況で同様な戦略(?)を実行するが、他社と同じことをやっても(多くの会社が同時に供給するから)すぐに儲からなくなる。
資本の論理がもう少しちゃんと作用すれば、そんな同業他社と同じことをするだけの社長はクビにして労働市場からちゃんと戦略を立案・実行できる社長をひっぱってきて、M&Aで規模の経済を追求するとか、事業を交換して得意(儲かる)分野を追求するとか、ちゃんとした戦略・事業ができるのに。 高付加価値・高生産性の産業を日本に維持できれば日本経済にプラスなのに。

半導体ビジネスは、半導体プロセスの微細化に伴う巨額な工場投資を回収するリスクと、当たり外れが大きくてライフが短いチップビジネスのリスクとが、ともに増大するから企画・設計・製造を一社でやる日本の半導体会社はしんどくなるだろうと、03年ごろに素人ながらに思い至り、その後の各社の戦略を注視していたが本質と思われることを先送りしズルズルと衰弱していくように見えるのは残念。

半導体業界に身をおく知人によれば、「偉い人は任期まで何とか逃げ切りたいから、自分の過去の責任を問われるようなことは全部先送りになる」、とのこと。

これが日本式「ステイクホールダー資本主義」の現在の一側面だが、どう考えてもマクロ的に「効率的」ではない。 こういうのを見ていると、市場を嫌悪するのはじわじわと貧困に至る道、と思えるのだ。