「円高にすれば景気は回復する」論の背景

円高で景気は回復する」という主張の経済学的ロジックを知りたく、代表的円高論者である三國陽夫氏の「黒字亡国」を読んだ。 その結果、固定相場制と変動相場制のマクロ経済への作用の差異を復習できて有意義であった。


対米黒字が日本経済を殺す 黒字亡国 (文春新書)

対米黒字が日本経済を殺す 黒字亡国 (文春新書)


おカネ・貨幣とは何か?、意外に難しい。


昔は、怪しく光る希少な金の魅力を基準?として、金 vs. モノやサービスの相対的な価値があり、一方、銀行が紙切れ(紙幣)1枚と金XXグラムとを交換することを人々が信ずることで、紙幣・通貨(ドル・円・ポンド・マルク・etc.)の価値が金の魅力(価値)を仲介してモノやサービスの価値と関連付けられて、通貨の単位での価格が決まる。 異なる通貨間では金の価値を介在して、紙幣と紙幣の交換レートが決まる。 同じモノなのに異なる価格がついていると、貿易が行われ、モノと金が交換される。
すると、経常黒字国には金が集まり、銀行が金を買い(預かり)代金として(預り証として)紙幣を渡すことでマネタリーベースが増え、その乗数倍でマネーサプライが増加して(借り入れで投資が行われ)、多くのモノが生産され景気は良くなる。 経常赤字国はこの逆。 金がどんどん減るとマネーサプライが激減し経済危機になるため、お札と金の交換比率を調整して物価や人件費を安くすことで、景気回復と二国間の価格調整が行われる。


昔、インドが胡椒をイギリスに輸出すると、インド在住の商人はポンドで支払いをうける。 ポンド札を金に交換してインドに持ち帰ると、イギリスの銀行にある金が減少することでマネタリーベースが減少し、マネーサプライが減少し、景気にマイナスに作用するが、インドでインドの銀行がその金を買えばインドのマネタリーベースとマネーサプライが増えインド経済にプラスに作用する。


現在では、ドルも円もポンドもユーロも金とリンクせず、通貨間の取引(通貨Aの預金と通貨Bの預金の交換)の需給関係で交換レートが決まる。 そして、おカネの価値は、出回っているおカネの量(マネーサプライ)と実体経済のおカネの利用量との関係で決まる。


トヨタがレクサスをアメリカに輸出すると、復路の自動車運搬船には金やドル紙幣が積まれているわけではない。トヨタが稼いだドルは米国にある銀行口座にドルで預金される。 トヨタがそのドルを日本人従業員の給料の原資にしたいと思った場合、市場で円を売りたい人との間でドル預金を円預金と交換する。その交換レートが為替レート。 そしてその円預金を、銀行間の当座預金を経由して、日本にある銀行のトヨタの口座に持ってくる。 ドルはアメリカに留まっているから、米国経済のマネタリーベースやマネーサプライは変わらない。 しかし、トヨタの円需要で円高ドル安になるかもしれない。


ここで、円高をきらって政府がFB(超短期の国債)を発行して為替介入しドルを買い日銀がFBを買い円を支払うと、円のマネタリーベースが増加し、為替の経路とマネーサプライの経路の両方で景気にプラスに作用する。 だから為替をドルに固定して輸出に励むことは、マネーサプライの増加で景気を刺激するのであって、輸出で得たドル(富)を国内に持ち帰るから景気が良くなるのではない。


トヨタが今すぐ稼いだドルを円にする必要が無くても、そのドルを鉄の代金として新日鉄に渡し、新日鉄がドルを鉄鉱石や石炭の購入代金に使うこともできる。 だから、輸出で稼いだドルは直接・間接に輸入に使え、日本全体では経常黒字は将来の輸入に利用できるドル建ての購買力といえる。


トヨタが稼いだドルで金を買って帰りの船でもちかえったらどうなるか?。 つまり金を輸入する。 まず、米国で金を買い集める過程で、ドルベースで金価格が上昇し、日本で金を円に変える過程で円建てで金価格が下落する。 従業員に金で給料を支払ったら? 最初のうちは珍しいから家計は金を保有するだろうが、いずれは支出のために金を田中貴金属に売るから、供給過剰で価格は下がるハズ。 米国で金が高く日本で安いと、日本で金を買い米国に運んで売る商売が発生 → 円需要の発生 → 円高となり、結局、為替レートで調整される。 ただし、日銀が買いオペで金を買い取ればマネタリーベースの経路で景気にプラス。


金本位制では金が国内に集まれば銀行が金を買って紙幣を発行することができてマネーサプライを増やせることで景気を良く出来るが、ペーパーマネーの世界では中央銀行が何か資産を購入することでマネタリーベース→マネーサプライの経路、さらに為替レートの経路で景気に働きかけることができる。


金はお札以上に貯めこまれやすいから金を貨幣に使うのはデフレになりがちで、鉱山の生産量でマネーサプライが制約されるから、いまさら金を通貨にするのは得策ではないだろう。


経常黒字(= 輸出 - 輸入)は国内での生産から国内の消費と国内の投資を除いた残りだから、

  • 貯蓄 = 生産 - 消費 = 投資 + 経常黒字
  • 貯蓄 - 投資 = 経常黒字

という関係にある。
だから、経常黒字は貯蓄を、国内の生産のための資産の新規取得で使いきれなかった分を、海外での新規資産取得にまわしているといえる。 実際には、日本人が海外で米国債を取得し、購入代金のドルが市場をまわりまわって金利を下げたりして、誰かが生産手段を新たに獲得しているのでしょう。


閉鎖経済では、投資機会以上に貯蓄しようとすると、貯蓄したくても収入(=生産)が少なくて貯蓄できなくなるまで経済が縮小する。 開放経済では貯蓄と投資のギャップ分が輸出(経常黒字)あるいは輸入(経常赤字)となる。 地球全体では閉鎖経済だが、アメリカというガンガン消費して次々と投資機会を見つけ出す国があるので、東アジア諸国は経常黒字を続けられる。

経常黒字で稼いだ外貨建て国外資産を国内通貨に換えようとすると、為替レートが自国通貨高に動いて、為替の経路で貯蓄(輸出)したくてもできなくなる水準まで経済が縮小する。


バブル崩壊の結果、期待の低下とバランスシートの悪化で消費と投資が萎縮してしまい、生産能力が過剰になってしまった。 過剰生産能力を停止すると、失業等強いデフレ圧力がかかるから、政府が無駄かも知れない公共投資で投資(むしろ消費)を行い、輸出で生産を稼動すべく政府が民間がドルを円に変える代わりに円をドルに変えて海外に貯蓄を行った。 その結果として巨額の財政赤字と外貨準備が積み上がった。

そもそも国内の投資機会以上に貯蓄したかったんだから、貯蓄を取り崩したくなるまでそのまま外国においておけばいいんじゃないか?。 円が上がって円ベースで評価額が減っても貯蓄を取り崩すころにはまた円は安くなるから為替が動いてもマクロで見ればOKじゃないか?。


以上が私の変動相場制の国際マクロ経済の理解だが、三國氏は私の理解とは異なることをおっしゃる。

(日本がアメリカに自動車を売った場合)、アメリカで何が起こるだろうか。
アメリカでは国内の自動車生産は輸入によって代替された分、減少する。 支払ったドルは円に交換されるため、購買力と通貨を失うことになる。 経済活動を縮小する動きと同時に、金融が逼迫する方向に動くため消費が減衰し、輸入が減少する。

米国居住者が保有するドル札やドル預金は減るが.、帰りの船でドル札を持ち駆るわけじゃないから米国内のドル札・ドル預金の総量は変わらないから通過は減らないし金融も逼迫しないと思うのだが。

日本では何が起こるのだろうか。
輸出代金のドルを日本の金融機関が買い取ることから、メーカーは円をすぐに手に入れて賃金や仕入れ代金に支払うことが出来る。生産増加によって日本経済は成長する。
(中略) 日本は円高を避けるために輸出代金として受け取ったドルを円にして国内の経済活動に使うことなく、ドルのまま再びアメリカに資本輸出する。(中略)
日本全体としてみると、代金は回収されていない。

正味の輸出( = 輸出 - 輸入)は国内で消費・投資しきれなかった貯蓄だから、この時点で回収されるハズがないと思うのだが...

銀行のドル資産の取得には、銀行が集めた円預金があてられる。 円預金はドル購入に使わなければ、国内の貸し出しに使われ、最終的には購買力として消費に使われたはずである。

銀行がドルを取得する際にドルを売った誰かは受け取った円をお札で貯えるのではなく円預金するのではないか?。そしてその円預金は銀行を通じて円を利用する日本国内に貸し出されると思うのだが。 円預金の所有者は外国人かもしれないが、円は相変わらず日本で流通すると思う。 円の国際化で貿易決済で国外に流出して不足気味になるならば、日銀が追加でJGBを買って円を発行するから、円預金が減少して困ることは無いと思うのだが。
それに、経常黒字は消費・投資しなかった余りだから、いつかは最終的に投資か消費に使われるにしても、今日使われることは無いと思うのだが。

財務省が為替市場に介入して外貨準備としてドルを取得し、アメリカ国債を買い上げる。 外貨準備を取得する資金を調達するために、財務省国債政府短期証券)を発行しそれを日銀が買い取れば、日銀券が潤沢に供給される。 したがって、資金が不足することはないという議論である。 それはその通りである。
しかし、私が指摘している問題点は、外国に資金が流出したことそのものである。 それれを日銀の金融緩和政策で修復できたから問題はない、というのは別の次元の話である。

経常黒字 = 国内の生産 - 国内の消費 - 国内の投資 = 「貯蓄しようとして国内の投資で使い切れなかったぶん」 を仮想的にドル札で船で持ち帰り、再度米国に運び投資すること(三國氏の言葉では資本輸出、資金の流出)、つまり、海外に貯蓄として資産を保有することのどこが問題なのだろうか。

黒字国日本に貿易収支が不均衡になった責任が転嫁され、赤字国アメリカはなんと責任回避できるのである。 ドルと金との交換が約束されていた時には、絶えず金を失う恐怖から赤字を減らす圧力を受けていたが、この恐怖から開放されてしまったのである。 (中略)
ドル為替本位制では、日本がドルを支える限り、ドルを赤字支払いに用いるアメリカのみが突出した赤字を出し、経済成長できる。 責任を負わされるのは、時間を惜しんで消費し、輸入を続ける赤字国ではなく、汗を流して生産し、輸出し続ける黒字国という逆転現象がおきてしまったのである。(中略)
かつての金本位製の下では、輸入国 = 赤字国が金を失い金融引き締め策をとることによって赤字国の景気は冷え込み、輸入が減って貿易収支の均衡が保たれた。 しかし金との交換が絶たれ、変動相場制でのドル為替本位制下では、赤字国アメリカはドルを支払っても輸出国が受け取り保有してくれる限り、赤字になることによる不利益はない。 黒字国の貿易条件=為替水準がきりあがることによってのみ、その不均衡が調整されるようになったのである。
これは天と地がひっくり返るほどのコペルニクス的転換といってもいいだろう。

個人の道徳として現役時代の貯蓄は正しいと思うが、それをそのままマクロに当てはめてはいけないと思うのだ。

輸出先のアメリカに貸し置かれたままのドル資産は、日本が所有しているとしても事実上、使えないに等しい。 実体経済からすると、黒字というと聞こえはいいが、あくまでも数字上の話にすぎず、肝心の日本国内への経済効果は期待できない。
輸出の拡大を維持しつつ、日本国内で経済の拡大再生産をしていくためには、資本輸出に伴う通過不足を十分に補いうるだけ、日銀が金融緩和政策を実施して国内の通過量を底上げしていくしか方法はない。

日銀が金融政策をコントロールできるわけだから、それでいいんじゃないだろうか。

(ポンドが金にリンクしていて、インド・ルピーも金にリンクしていた頃の例の後)
インドを日本、イギリスをアメリカに置き換えてみると、その図式はより鮮明になる。
輸出拡大にほっていくら日本が黒字を蓄積しても、それはアメリカ国内にあるアメリカの銀行にドルで預け入れ、アメリカ国内に貸しおかれる。 日本からの預金は、アメリカにしてみれば資金調達である。 (中略) 日本は稼いだ黒字にふさわしい恩恵に与らないどころか、輸出関連産業を除いて国内消費は慢性的な停滞に喘いでいる。

注目しなければいけないのは、メーカーからドルを買い取った金融機関の動きである。 日本は円高を避けるために輸出代金として受け取ったドルを円に国内の経済活動に使うことなく、ドルのまま再びアメリカに資本輸出する。 銀行、生保、企業年金などがアメリカ国債などを購入して資金を還流する。 アメリカに品物を輸出しても、代金相当分はアメリカに向かうのと同じである。
日本全体としてみると、代金は回収されていない。
(中略) 銀行のドル資産の取得には、銀行が集めた円預金があてられる。円預金はドル購入に使われなければ、国内の貸し出しに使われ、最終的には購買力として消費に使われたはずである。 したがって、ドルを銀行が買い取ることは国内消費を抑え、内需に足を置くサービス業が縮小し、雇用の減少を引き起こす。

財務省政府短期証券を発行しドルを買い、日銀が政府短期証券を買い取り日銀券を発行すれば、資金が不足することはないという議論に対して)、それはその通りである。
しかし、私が指摘している問題点は、外国に資金が流出したことそのものである。 それを日銀の金融緩和政策で修復できたから問題はない、というのは別の次元である。

資本輸出によって円を失った日本では、銀行は融資を回収し、証券を売却して日銀当座預金の回復を目指す力が働く。 そうすると、乗数効果が逆転し、信用が収縮する方向に動く。 本格的なデフレ圧力である。


なんだか、根っこのところから理解がちがっているみたい...。


どこが違うかといえば、「おカネとは何か?」のあたりみたい。

  • 三國氏は金本位制・固定相場制のころのマクロ経済の振る舞いを、変動相場制に当てはめて理解しているのではないか?
  • また、一生懸命生産して貯蓄しているのに豊かになれないなんて許せない、と考えおられるのではないか?
  • 基軸通貨のドルはずるい、と主張しておられるようにも聞こえる。
  • 金本位制こそが道徳的に正しい、と主張しておられるようにも聞こえる。

こう考えると、三國氏の主張のロジックがつながる。

金利を上げれば景気が良くなる」という主張も、金本位制ならば、景気や良くて資金需要が強い → 金利が上昇する → 金利収入狙いで金が銀行に売られ代金が支払われることでマネタリーベースが増える → それが預金となり貸し出しにまわりマネーサプライ増となり景気にプラス、と理解できる。 でも、金本位制じゃないんだよなあ...。

一生懸命生産して貯蓄した資産は為替リスクフリーで持ちたいという気持ちもわかる。


更に、三國氏はウォルター・バジョットの中央銀行論の金融危機・信用恐慌(金本位制の頃の話なので、銀行から預金を金で引き出し・あるいは紙幣を金に交換し・金を国外に持ち出す現象、こうなるとマネーサプライが激減し経済が回転せずストップする)を引用しつつ、

  • 日本国内で多額の預金が(紙幣で)銀行から流出し
  • 国が先頭に立って海外への資本流出を推奨している

ので「最大の金融危機」が静かに起きていると論ずる。
バジョットの本では、金融危機・信用恐慌の際に中央銀行は資金不足の銀行に対し担保をとってちょっと高めの利子をつけて*1銀行が借入を希望するだけドンドン貸してやれ、そうすれば人々は最後の貸し手の存在を見て安心し(だれもが同時に預金を引き出そう・貸金を回収しようとする)パニックは収まる、と主張していたと私は別の本で読んだ記憶があるが、三國氏は

金融危機に対応するバジョットの処方箋は明快である。それは金利を引き上げ、その上で量的緩和をすることである。 金利を引き上げると、まず内外に流出していた預金が銀行に戻る。 (中略) そして戻ってきた預金を利益をあげて高い金利でも借りられる借り手にどんどん貸しだす。 経済の効率を高める流れは大いに進む。

とおっしゃるが、 短期金利を引き上げるべくマネタリーベースをへらしながら量的緩和をどうやるのだろう?。バジョットの処方箋は全員が「同時に預金を引き出せない」ことからくるパニックに対するものであって、静かに進むデフレに対する処方箋ではないと思うのだが。


デフレで将来に対する期待が暗いから消費や投資がぱっとせず過剰な貯蓄(=黒字)が発生し、変動相場制で黒字が発生しないよう(過剰な貯蓄が出来ない程度に)経済が縮小しようとするから、過剰な貯蓄(=黒字)が為替の経路で実体経済を縮小させないよう、外貨建てで貯蓄を保持せねばならない、こう私には思えるのだ。 つまり 「デフレ → 国内の需要が少ないから輸出 → 黒字 → 外貨建てで貯蓄」、三國氏の 「黒字 → 資本輸出(外貨建て貯蓄) → デフレ」 は因果関係が逆だと思う。


タイトルの「黒字亡国」は「過剰貯蓄亡国」とするのいいのでは?。それから「資本輸出」という表現は「海外資産の取得」としたほうがわかりやすくていいのでは?。


三國氏のミクロ経済的な現象の説明や歴史的背景の解説ははナルホド!と思うところが多い。 内需拡大が重要という点に関してはそのとおりだと思う。


http://d.hatena.ne.jp/guerrillaichigo/20080411#p1

*1:そうしないと中央銀行が信用されなくなる