「みんなの意見」は案外正しい ... The Widsom of Crowds

新古典派経済学では人々はとても合理的に考えることになっている(そのように過程している)。 確かに人々は合理的だ。 しかし、私自身が100%合理的かといえば、とても怪しい。 ほかのひとだってきっとそうに違いない。 にもかかわらず、市場が効率的で、私よりも賢いと思えるのはなぜ?。 しかし、合理的な市場がバブルを発生するのはなぜ?。 どこが違うのだろうか。

こんな、長年の疑問に対するヒントを与えてくれ、非常に感動した本。

「みんなの意見」は案外正しい

「みんなの意見」は案外正しい


賢い集団の4つの要件

  • 意見の多様性 ... 各人が独自の私的情報を多少なりとも持っている
  • 独立性 ... 他者の考え方に左右されない
  • 分散性 ... 身近な情報に特化しそれを利用できる
  • 集約性 ... 個々人の判断を集計して集団として一つの判断に集計するメカニズムがある

個人の回答 = 情報 + 間違い、集団はランダムな間違いを打ち消しあうから、集団は情報を抽出できる。

産業の初期にはデザインや技術が大きく異なる多種多様なアイデアが見られ、市場が勝者と敗者をえり分け、技術を選ぶ。 そして、生き残った少数の企業が市場の大半を掌握する。


多様性

未知の何かを探索する場合に重要なこと

  • 大胆なアイデアを後押しし、積極的に投資するシステムの存在
  • 認知的多様性 ... 発想が根本から違うような多様性
  • 資金を持っている人の多様性 → アプローチの多様性につながる *1

大量の敗者を輩出できる能力の有無がシステムの成功の鍵を握る。

これって、シリコンバレーのシステムそのものじゃないか!


多用であることで新たな視点が加わり、集団の意思決定が持つネガティブな側面を無くしたり弱めたりできる。

たいていの市場は規模が大きく資金さえあればだれでも参入できる。 だから既に一定の多様性が保障されている。
組織が小規模であるほど少数の人物が不当な影響を行使して集団の意思決定を簡単に歪めることができる。

意思決定・ポリシー・戦略といった不確実な未来を予測しベストな行動を決めるスキルについては、専門家は存在しない。

認知的多様性(発想の多様性)は、集団が考えつくソリューションの選択肢を増やし、問題を全く新しい視点から検証できるようになる。

均質な集団は多様な集団よりはるかにまとまっているが、まとまりが強すぎると外部の意見から隔絶されてしまう → 集団の意見を正しいと思い込む。集団思考 ... 異なる意見が合理的にありえないと思うようになり、共通認識と矛盾する情報は無視されたり退けられる。


独立性

人々が犯した間違いが相互にかかわりを持たないようにできる。
独立した個人は新しい情報を手に入れている可能性が高い。
どんなに偏っていても、非合理的でも、その意見が独立していれば集団は愚かにならない。
人間は学びたいと思うが、学びは社会化のプロセスで独立性を減ずる。
集団のメンバーの相互の影響が大きくなると集団の判断は賢明ではなくなる。

状況があいまいで不透明なときには周囲と同じ事をするという戦略は合理的だが、みんながこの戦略をとると集団は賢くなくなってしまう。

ハーディング(群衆行動) ... 多数派でいることに安心感を覚える。

情報カスケード ... 情報不足の状態で次々と判断が積み重なるとき、ある時点を過ぎると、自分が持っている私的情報に関心を払う代わりに周囲の人を真似することが合理的に見える → 集団は誤った判断をする。

重要なイノベーションは、情報カスケードをうまく利用して、世の中に広がる。

模倣は自分自身の認識力の限界に対する合理的反応。

集団は新しい問題解決方法を考えつくよりも、複数の選択肢の中から正しいものを選ぶ能力に優れている。

賢い模倣は良いアイデアを広めるのに役立つので集団のメリットだが、漫然としたマネは集団としてのメリットは無い。
賢い模倣とは

  • 初期の段階で選択肢も情報も潤沢に存在すること
  • みんなの意見よりも自分の意見を優先させようと思う人が少数でも存在すること

人々の意思決定するタイミングが同期するとカスケードは加速する。


分散性

一人ひとりが持つローカルで具体的な知識に基づいて重要な意思決定がなされる

  • 問題に近い場所にいる人ほど優れたソリューションを知るハズだ
  • システムの一部が発見した重要な情報が必ずしもシステム全体に伝わらない (欠点)

分散化されたシステムが本当に賢い結果を生み出すためには、システムに参加しているメンバー全員の持っている情報を集約するメカニズムが必要となる。

天邪鬼がいないところでは、話し合いの結果、集団の判断が話し合い前よりもひどい内容になることがある。
集団極性化 ... 議論をした後、集団全体も個々のメンバーも議論前よりも極端な見解をとること ... 人々は社会的比較をよりどころにしているから、自分の立場を相対k的に維持しているため、全体も個々も一方に偏っていく。 真実と思われることがやがて真実となる。

集団の智恵を活用する上で、合意は本来的には必要無い。 合意形成を主眼に置くと、どうでもいい最大公約数的ソリューションになる。

分散化された市場がうまく機能するのは、市場に参加する人々や企業が常に顧客からフィードバックを受けるから。


市場

ごく普通の投資家は経済学の教科書に出てくるような合理的な人間ではない。 しかし、投資家個人は合理的でなくても、個々人の判断を集約すれば、集合的な判断が合理的で賢いということは、ありえない話ではない。

人々の意見に構造的なバイアスをもたらす行動上の「癖」だけが株価に深刻な影響を与える。

集団はどんなときでも正しい答えを出せるのではなく、平均すれば個人が出すどんな答えよりも正確な答えが出せる、という信頼が集団の智恵という発想の根本。

いずれ明確な答えが得られるものに対する予想はブレにくいが、株価のように明確な解が無いものに対する予測はブレやすい。

バブル ... 金融市場特有の現象 ... 商品(資産)を転売する権利に価値がある。権利の価格は思惑に左右され変化する。
実体のある商品 ... 最終的には消費するところに価値がある。だからとんでもない価格にはなりにく。

全員が集団の知恵にただ乗りするようになると、既存の集団の知恵に新しく何かを付け加える人が誰もいなくなる。 投資家同士がお互いをそっくり模倣するようになると、集団全体の賢さは減じてしまう。


これで、市場が私より賢い理由がわかった様な気がします。
Goodな本で、すごーーーく勉強になりました。

*1:分権化された経済のメリットは意思決定する権力がシステムの中で分散されているため多様性を得やすい