パラダイス鎖国 --- 読み流すのはもったいない #1

たいへんおいしい"food for thought"だった。

パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)

パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)


イロイロなエピソードを織り交ぜつつ、それが伏線となり、ふわふわとした感じで「そーなんだよなー」と思いつつ最後まで気軽に読み進んでしまう。 そして読み終えた時点で「海部さんは日本経済の急所について重要なメッセージをいっぱい言っている」と感じて、かなり真剣に読み返した。


まずは、「日本人が海外に関する関心を無くした、日本の住み心地が良くなりパラダイス鎖国状態だ」という海部さんの観察からはじまり、アメリカでも日本・日本人は孤独なマイノリティーで目立たない存在になり、日本の産業界も海外ビジネスに関心を失い「パラダイス鎖国状態」だと指摘する。 携帯電話機器業界では、日本市場がそこそこ大きく成長市場だった故に、9社が参入し、日本市場の成長が低下してもなかなか撤退できない日本企業体質ゆえに日本市場向け開発にリソースを傾斜投入し過当競争しているうちに、世界市場を失った。 携帯電話だけではなく、電機業界全体がこのパターンである。

日本の電機業界にとって不幸なことは、「ディジタル・チープ革命」がおきて、「数量の勝負」を徹底追求した韓国・中国・アメリカ(実際に製造するのは台湾企業の中国工場)企業に対しコスト優位を維持できなくなり、また商品の性格が変化して「高品質で高価格というジャパン・ブランド」を使えなくなったことである。

このように海部さんは指摘する。


後智恵ではあるが、今、振り返ってみると、ディジタル・チープ革命が、クリステンセンのいうイノベーションのジレンマの「破壊的技術」として作用することで、

  • 日本企業が持っていた技術の顧客から見たありがたみ(効用・価値)が低下した → 価格が低下
  • 供給側が増えることで需給関係で価格が低下した
  • 日本企業には魅力を感じない(日本企業の固定費をまかないきれない)低価格品が、BRICs諸国等のこれまで無消費だった領域に、巨大市場を見出した
  • 低価格商品を扱うが故に固定費が小さく数量で勝負する企業がムーアの法則を追風に機能や性能を改善しつつ上のセグメントに攻めてきた

という現象がおきたのだと思う*1

コモディティ化すると変動費をコストダウンしても売値が下落が激しくて粗利が減少するから、数量を稼ぐ or 固定費を下げる のいずれかしか手がない。固定費を引き下げるのは限界があるから、規模を大きくし、ライバルが固定費の重みで退出するのを待つ。さもなければ、発想を転換してブルーオーシャンを目指して独自の道をめざす。 中途半端に迷っていても、出口は無いと私は思うのだ。

業界のコスト構造が大きく変わる時期に、さらに、バブル崩壊後、財務が悪くて*2積極策に出る気力も無かったとか、デフレによる円高*3も、日本企業が海外市場をリスクをとって攻めにいく気力を失わせたとも、思う。

悪いことがいくつも重なるツキの無さを脇に置くとしても、... 海部さんの指摘どうり、LBOを使ってコングロマリットを解体するとか、M&Aがいっぱい起きるとかして企業統合して、規模を大きくするとか、企業数を減らしてグローバルな価格決定力を取り戻すとか、得意分野を絞って戦略を明確にするとかしなきゃいけなかったが、.... 日本の社会をそれを嫌った。

どちらが卵でどちらが鶏かわからないが

  • 人材流動性が無いから、企業に雇用の維持が強く求められる
  • 企業が人材を抱え込むから、流動性が無い

人材の流動性に伴うアイデア流動性が新しい価値や富の創造の原動力とすると、日本の現状は望ましくないから、ここをどうすればいいか? これがたぶん本書のテーマで、海部さんの文章はあたたかくふわふわと進む。

*1:自動車ではディジタル・チープ革命でエンジンや足回りが劇的に変わったわけでもなく、破壊的技術の攻撃もない。

*2:電機は自動車に比べ負債の比率が高かったと思う。デフレでB/Sの左側の土地とか持合の株の価格が下落すると、B/Sの右側のEquityが薄くなり、いざというときに担保不足で借り入れできず倒産となる。従業員代表としての経営者にとってはとにかく守りを固めてしのぐ以外に無かったのかもしれない。

*3:不景気な国の通貨は安くなってもいいのだが、デフレでインフレ率が(ゼロとかマイナスに)低くなると通貨は強くなり、デフレ圧力が更に高まる...、トホホ。私は金融政策のミスだったと思う。