パラダイス鎖国 --- 読み流すのはもったいない #3

パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)
パラダイス鎖国状態にあると長期的には問題あっても、今そこそこ幸せだから苦しい思いをしてまで現状を変えないものである。だれかが改革に着手しても変化によって損をする人が大反対で進まない。こういう日本の現実を踏まえたうえで、海部さんは

  • Web 2.0で情報伝達のコストが劇的に下がり、個人と個人が双方向に情報をやりとりでき、クラスター化しやすくなった
  • クラスター化で「世の中何一つ変わらない」から「他にも同じ事を考えているひとがいる」「少しは変わるかもしれない」「大した手間じゃないからやってみよう」と思うことができる
  • 海外にだって双方向でつながる

という21世紀になって実現した大変革を踏まえて、「ゆるやかに開国すればいい」、そして「イノベーション・ベースの経済」を目指せばいい、と言う。
もの作りが新興国にすぐに追いつかれてコモディティになってしまう時代に高い生活水準を保つためには、常にイノベーションをおこし続けコモディティになる前のおいしい(高マージンの)部分を刈り取っていかねばならない。だから「変化を先取りする体質」が要る。こう海部さんは主張する。
次に海部さんは日本独自の「果てしなき生産性向上戦略」とシリコンバレーの「試行錯誤戦略」を取り上げ、日本人の国民性から前者が向いていると論じた上で、でもおいしい部分を刈り取るために「試行錯誤戦略」が要ると主張する。その理由は、リスク回避でプロセス効率化優先の日本企業はみんながやっている分野に集中して過当競争になりリターンを取れない現状*1から脱するためで、いわば、企業版「けものみち」戦略である。
そして、日本もアメリカもパラダイス鎖国だが、アメリカには地域ごとに各種モデルがありよその地域のレガシー勢力の事情に関係なく進化する*2が、日本は国全体が単一システムで動くから「議論が分かれる」と動くに動けない、変化するためには黒船や外圧のショックが要る、でも最近は「孤高に日本」には外圧がかからないからコンセンサスで変わる作戦が使えないと、海部さんは言う。

そこで、シリコンバレーに集まっているような「変人」に「内なる黒船」になってもらい、「試行錯誤」で変化し全く新しい産業を興し「イノベーション・ベースの経済」を実現する、というのが海部さんの主張である。
アメリカで内なる黒船をやっているシリコンバレーでは

  • ベンチャーで成功したときの儲けがすごく大きい*3
  • 失敗してもそれほどダメージ(失業・収入)はない、それは雇用の流動性が高いから
  • 一企業だけではなく広い範囲で雇用リスクを分散する仕組みができている
  • ベンチャーの周辺サービス人もおこぼれにあずかる仕組みがあるので、ベンチャーのサポートが厚い

という体制ができていて、海部さんは「厳しいぬるま湯」*4と表現し、この環境と「知の流通」とが「試行錯誤戦略」に必須、だが日本にはまだ根付いていないという。

日本の「ゆるやかな開国」とは「多様性」を持つことであり、経済規模が大きな日本では多様性を試みる余裕があるはずで、多様性は新しいアイデアを生む「創造的出会い」を起きやすくする。 従来型の「果てしなき生産性向上戦略」は日本人にフィットしているから今後も続けるとして、多様性で「内なる黒船」(←要するに「変人」がヘンなことを始めること)をも包んで育て、マージンの大きな「イノベーション・ベース」の経済を創ろう、自分のやりたいことをやりながら、このように海部さんは言う。

日本は「果てしなき生産性向上戦略」に特化してきたから黒船の数(「変人」)が少ない、黒船を量産するシステムとして「厳しいぬるま湯」環境*5を作ろう、Web上のバーチャルなところから構築をはじめるのがいいのではないか、「変人」ではないごく普通のひとでも「ぬるま湯沸かし」には参加できるよ、と海部さんは提案する。 日本を変えなきゃと思う人は沢山いるがマスメディアが一方的にプロパガンダする時代には無力だった。 「変人」が何か始めても力の大きな「既存勢力」がメディアを動因してつぶしてしまう。 でもWeb 2.0の時代は、日本を変えなきゃとおもう沢山の普通の人が「ぬるま湯」を沸かせば、メディアの力関係も変わりつつあるから「変人」を守り後押ししイノベーション・ベースの経済実現できるハズ。ここはこの本の重要なポイント。

*1:日本が先進国に追いつく過程の高度成長時代にはローリスク・ハイリターンのビジネスがありえたが、先進国になった今ではハイリスク・ハイリターン vs. ローリスク・ローリターンという経済の法則の下にいるにもかかわらず、高度成長時代のおいしい経験を忘れられず、ローリスク・ハイリターンを夢見てローリターンにはまっているとも言えるかも。

*2:カリフォルニアはデトロイトの事情なんか知ったことじゃないからデトロイトが卒倒するような排気ガス規制が成立する、ここが米国全体でみるとどんどん変化していける仕組みなのだと納得。ナルホド!だったら日本も産業フルセットを抱え込まない程度のサイズの道州制を導入し、中央政府の権限をドンドン委譲すればどんどん変われるのではないかと思う。

*3:投資としてはハイリスクだからハイリターンでなくちゃいけない

*4:投資を得るとか成功するには厳しいが参加する個人にはぬるま湯

*5:イノベーション・ベースの経済を支えるベンチャーを育てるサポート勢力